SHIKIMEI SHIKIMEI

Tomoo Gokita
“Slash and Trust”, 2008
Acrylic on canvas
259 x 194 cm
Courtesy Bill Brady KC, Kansas City

SHIKIMEI INTERVIEW - 001 TOMOO GOKITA
  • Mary Boone Gallery

    Tomoo Gokita, “Out of Sight”,
    installation view at Mary Boone Gallery, New York,
    Sep 10 – Oct 29, 2016
    Courtesy of Mary Boone Gallery, New York

  • A Bathing Beauty

    Tomoo Gokita
    “A Bathing Beauty”, 2013
    Acrylic gouache and gesso on canvas
    162 x 162 cm
    Courtesy Mary Boone Gallery, New York

  • Captive Bunny

    Tomoo Gokita
    “Captive Bunny”, 2013
    Acrylic gouache, charcoal and gesso on canvas
    227.3 x 181.8 cm
    Courtesy Mary Boone Gallery, New York

  • Untitled

    Tomoo Gokita
    “Untitled”, 2008-2014
    Gouache and pencil on paper
    Dimensions variable
    Courtesy Taka Ishii Gallery, Tokyo

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インタビュー01
五木田智央(画家)

具象と抽象のはざまで
ガチンコ勝負をする男

取材・撮影 SHIKIMEI
video by Raita Naka (a.k.a raitank)
photo by Isao Kimura
text&interview by Joji Oshiro
design by Masaru Ishiura (TGB design.)
Programming by Jun NAKAJIMA (incode inc.)
協力 タカ・イシイギャラリー

五木田智央さんは1969年生まれのアーティスト。10代の頃からグラフィックデザインやイラストレーションの仕事を始め、現在は画家として国内外で活動しています。2016年9月から10月にかけて、ニューヨークで個展〈OUT OF SIGHT〉を開催。会場はアメリカやヨーロッパのアートシーンで強い影響力をもつメアリー・ブーン・ギャラリー。五木田さんは、村上隆や奈良美智に続く日本人アーティストとして、いま熱い注目を集めているのです。今回は、帰国早々、都内にあるアトリエを訪ね、なんと10時間にもおよぶロングインタビューを敢行(とはいえ、後半は居酒屋タイムに突入しましたが)。元は糸巻き工場だったという年季の入った空間で、五木田さんにとって〝描く〟とはどういうことなのか、周辺事情も含め、根掘り葉掘り、うかがってきました。

カウント1
ニューヨークでの反響

メアリー・ブーン・ギャラリー
Tomoo Gokita, “Out of Sight”, installation view at Mary Boone Gallery, New York, Sep 10 – Oct 29, 2016 Courtesy of Mary Boone Gallery, New York

——メアリー・ブーン・ギャラリーでの展示はどうでしたか。

「ありがたいことに、大勢の人が来てくれて。大成功でしたね」

——ニューヨーク・タイムズの展評でもとりあげられましたね。これはアートシーンだけでなく、さらに広い範囲で、五木田さんの名前が知れわたるきっかけになりそうです。「アフリカ美術やモジリアーニの影響が感じられる」と書かれてますよ。

「自分では、それほどピンとこなかったんだけど、メアリー・ブーンはものすごく興奮していましたね。『あのニューヨーク・タイムズで紹介されるのよ!』って」

——ちなみに、ニューヨークでは、どういう人が五木田さんの作品を購入しているんでしょう?

「いやあ、いろいろです。いろいろとしか言いようがない。千差万別ですよ。アーティストが買ってくれることもあるし、ビジネスマンが買ってくれることもある。部屋に飾る人もいるだろうし、そのまま保管用の倉庫に直行というケースもあるみたい」

——倉庫に直行というのは、いわゆる投機目的?

「だと思います」

——後々、作品が高騰するであろうことを見込んで……。

「そういう人もたくさんいますからね。良くも悪くも、現代美術の世界は〝マーケット〟が成立しているので。もちろんこれは、ぼくの作品だけに限った話ではなくて。ああ、そうそう、最近知ったんだけど、2008年頃に描いた絵が、サザビーズでオークションにかけられていたみたい。何度か転売されて、ものすごく高値になっていたと聞きました」

——でも、いくら高値を記録したとしても、五木田さんにお金が入るわけではないですよね?(笑)

「うん。それはもう、とっくの昔にお客さんの手に渡ったものだから。自分がどうこう言う筋合いではない。ただ、びっくりしたっていうか……」

——知らないところで、マーケットが動いてるってことですね。それにしても、日本とはずいぶん状況が違いますね。

「全然違います。我ながら、いまだに不思議です」

カウント2
こどもの頃から
絵を描いていた

アトリエ

——出発点はグラフィックデザインやイラストレーションですよね。

「といっても、デザイナーなのかイラストレーターなのか、自分でもよくわかってなかったけど」

——よく考えたら、イラストとデザインを区別する考え方自体がおかしいのかもしれない。たとえば、横尾忠則さんや和田誠さんのようなデザイナーは、どちらもあたりまえのように手がけていましたからね。それこそ文字だって手描きしていた時代があったわけですし。

「おれはいまでもレタリングやってますよ(笑)。横尾さんのことは小学校の時に知って、すごく衝撃的だったな。いまでも尊敬しています」

——早熟ですねえ。

「5歳年上の兄貴が教えてくれて。そういう意味では、兄貴の影響はむちゃくちゃデカイ」

——最初に描いた絵っておぼえてます?

「幼稚園の頃から絵を描くのが得意で。最初はマンガを模写していました。だから、こどもの頃はマンガ家になろうと思っていた」

——〝模写〟から始まったというのも、横尾さんみたいですね。たしか横尾さんも、少年時代、雑誌の挿絵を真似て描いていたらしいですから。当時、お気に入りのマンガ家は?

「大勢いました。赤塚不二夫、石森章太郎(現・石ノ森章太郎)、ちばてつや……。みんな〝線〟がすばらしい。たとえば、ちばてつやのキャラって、目の下にちょんちょんっと、2、3本、短いラインが入っていて、ああいうさりげないテクニックを見ると、いまでもすげえなと思います。あ、そうだ。赤塚不二夫さんには、生前、一度だけお目にかかったことがあって。あのときは感動したな。仕事場にお邪魔したのは昼間で、まだ早い時間だったのに、噂通り、ベロンベロンに酔っ払っていて。最高ですよ」

——アニメはどうですか?

「初期のディズニーアニメは好きですね。アニメーターの描く線が、ホントすごくて。絵が生きているんですよ。日本のアニメだと『ルパン三世』。あれもカッコいい」

——初期のディズニーも『ルパン三世』も、やたら絵が動きまくるんですよね。純粋に〝運動〟だけで成り立っている。

「そうそう、ホントに素晴らしい」

——五木田さんの絵もそうですよね。だって、ドローイングにしてもペインティングにしても、根底の部分で〝ストロークの気持ちよさ〟があるじゃないですか。それを、いま言っていたようなマンガやアニメーションの線に置き換えると、そこにも〝迷いのなさ〟があるわけで。アクションや運動性という意味では、共通するものを感じます。

「動きと言えば、映画も大好きで。自分でも撮ってました」

——へえ、いつ頃ですか?

「中学から高校にかけて。『映画監督もおもしろそうだなあ』と思ったんですよ。ほら、10代の頃って何にでも興味をもつでしょう。あれもこれもやってみたくなる時期だから。ちょうど家庭用ビデオが普及する直前で、親に頼んで8ミリカメラを買ってもらった。中学の頃は短編を撮っていました。高校に上がると、長編に挑戦したりして。1時間半くらいあったかな」

——それって1980年代前半ですかね。あの頃はぴあフィルムフェスティバル(PFF)が大盛況で、アマチュアの映像作家は、みんなPFFに応募していましたよね。

「いやあ、俺も高校生の時に応募しましたよ。落選したけど」

——そのフィルム、いまでも残ってます?

「残ってる。そのうちDVDにしたいと思っているんだけど、なかなか時間がとれなくて」

カウント3
イラストもデザインも
もう無理!

アトリエにて

——マンガ家や映画監督にあこがれたりしつつ、最終的にはイラストレーター/グラフィックデザイナーとして、仕事を始めたわけですよね。

「高校を出て、デザインの専門学校にも通ったんですけど、すぐに辞めちゃった。『これ以上、上手くなったって意味ないな』と思って」

——〝上手い〟というのは、単純に技術的な精度ってことですか?

「そう。絵の上手さに関してだけは、むかしから自信があったから」

——実際、上手いですよね。無駄な線がひとつもない。

「いまでこそ肩書きは〝画家〟なんだけれども……。なんか自分でもしっくりこない感じはあるんですよ。いまだにTシャツをデザインしているし、CDジャケットを頼まれることもあるし。自分でもよくわからないんだよね」

——やっていることは変わってないのかもしれないけど、周囲の状況が変わってしまったんでしょうね。

「たまに言われるんですよ。『五木田くんは、うまい具合に画家に転じたよね』って。でも、自分で狙ってそうなったわけじゃないからさ。実感としては、やりたいことをずるずる続けてきただけなのに、気づいたらこんなところに来ていた、みたいな感じで」

——〝こんなところ〟というのは、ざっくり言うと、ファインアートの世界……。

「むかしイラストを描いていたときと、いま絵を描いているときの気分としては、大きな差はないと思っているんです。ただ、イラストレーターとして仕事を請けていると、だんだん『めんどくせーなー』と感じることが増えてきて」

——デザインにしてもイラストにしても、クライアントワークの場合は、いろいろ注文や修正指示が入ってしまうと。

「そういうのが、どんどん面倒くさくなっちゃって。まず、デザインが嫌になって。その次がイラスト。デザインもイラストも、それ自体は好きなんですよ。でも、仕事として整合性をとろうとすると、『もう無理!』ってなっちゃう。結局、仕事を断りまくって……」

——20代の頃は、ジェリー鵜飼さんとチームを組んでましたよね。〈アントニオ・デザイン・サービス〉という名前で。

「だから、その屋号は鵜飼くんに丸投げして、自分だけ逃げちゃった。メキシコに」

——メキシコでは何を……。

「いや、単なる旅行(笑)。現地でルチャリブレを見たりしていました」

——デザインとかイラストとか、そういう関係の業界の一部で、五木田さんの名前が知られ始めたのが1990年代後半です。で、2000年に突然、リトル・モアから作品集『ランジェリー・レスリング』が刊行されるわけですが、聞くところによると、メキシコから帰国した後、狂ったように1000点近くものドローイングを描きまくっていたとか?

TOMOO GOKITA - ランジェリーレスリング

「『ランジェリー・レスリング』が出たのも、ほとんど奇跡的な出来事というか……。リトル・モアの竹井さん(注:発行人だった竹井正和氏)が、熱心に『五木田くん、これ出すから!』と言ってくれて、そのうえ、あっという間にパルコギャラリーで個展も開くことになって。『えっ! いいの? いいんですか、おれで?』という感じでした」

——『ランジェリー・レスリング』は、1000点の中から300点を選んだアートブックですが、あらためて見返すと、当時から〝モノクローム〟の表現を指向していたことがわかります。ただ、そのときの社会的な立ち位置としては、まだ〝イラストレーター/グラフィックデザイナー〟ですよね。

「ですね。ただ、自分としてはモヤモヤが溜まっていた時期だから、漠然と『もう〝画家〟になるしかないかな……』とは思っていました。といっても、そんなに大げさな話ではなくて、自分が納得できる絵を描きたかったというだけでね。でも、どうしたらいいのか、まったくわからなかった」

カウント4
〝黒の時代〟から
〝白黒の時代〟へ

Untitled #16
Tomoo Gokita “Untitled #16”, 2013Indian ink, ink, pencil, ballpoint pen and crayon on paper 43 x 36 cm Courtesy Taka Ishii Gallery, Tokyo

——『ランジェリー・レスリング』に収められた絵は、五木田さんが描いていたイラストレーションと、そんなに距離感は感じなかったんですよね。というか、ああいうドローイングは、ある意味、五木田さんの原点だと思うんです。せっかくですから、いまの作風に至るまでの変遷をうかがいましょうか。

「結局、どうしようかと悩んでいたわけですよ。だから、『ランジェリー・レスリング』が出た後は、人物を描くのも、なんとなく億劫になって、抽象画を描いていました。ものすごく暗い絵を大量に」

——2014年に、五木田さんはDIC川村記念美術館で大規模な個展を開催していますが、たしかその頃の絵も並んでいましたよね。クレジットを見てみると、制作は2003年。タイトルはどれも〈無題〉……。

「ね、暗いでしょ?」

——いわば、五木田智央の〝黒の時代〟。

「ピカソみたいでいいかも(笑)」

——このときはどういう意識だったんですか。完全にファインアート寄りの表現になっていますが。

「そっちの方向に進むしかないのかな、とは感じていましたよ。でも、売れないですよね、こんな絵は。それに、こういう作風のやつは、他にもいるだろうし。でも、数年間、こういう感じで、抽象的な作品ばかり描いていて」

——2003年にロサンゼルス、2005年にニューヨークで、グループ展に参加していますが、そのとき発表したのは?

「ドローイングが中心です。こういう抽象画ではなくて」

——いまの作風は〝白と黒のグラデーション〟が特徴的です。この独特のタッチはどういうふうに生まれたんですか。

「まったくの偶然。2007年頃だったと思うけど、方向性に悩んでいた時期に、無意識に絵具をいじっていたら、ホントたまたま、ああいうグラデーションができちゃって。それを目にしたとき、ビビッときたんですよ。素直に『これ、きれいじゃん』と思って。それがきっかけになって『久々に人間でも描こうかな』と。それがスタートですね」

——ということは、このグラデーションのおかげで、長くて暗いトンネルを抜けることができた……。〝白黒の時代〟到来ですね。

「ホント、描いていて気持ちよかったんですよ。オナニーと一緒。どんどん描けたし、ひたすら快感にひたっていた。1年くらい、この方向性を追求していたら、忘れもしない2008年、自分で納得のいく絵が、ついに描けたんですよ!」

——それ、何という作品ですか。

「〈Slash and Thrust〉です」

Slash and Thrust
Tomoo Gokita “Slash and Trust”, 2008 Acrylic on canvas 259 x 194 cm Courtesy Bill Brady KC, Kansas City

——あ、カウズが所有している作品か!

「自動筆記じゃないけど、あの絵は、何も迷わず、3時間くらいで完成しちゃって。こういう奇跡みたいことって起こるんだなあと思いました」

——いい話だなあ。

カウント5
そして〝青の時代〟へ

青の時代
Tomoo Gokita “This Misunderstanding.”, 2009 Photo Joshua White/JWPictures.com Image courtesy Honor Fraser Gallery

「ただ、1年くらいで飽きちゃって」

——飽きるの早くないですか(笑)。

「〝納得のいく絵〟が描けた分、逆に、それを超えるものを描こうとすると、なかなか大変ということもあったし……。で、ちょっと別のことをやってみようと思ったのが、青をモチーフにしたシリーズ」

——おお、今度は〝青の時代〟!

「2009年にロサンゼルスのオナー・フレイザー・ギャラリーで発表したら、これがもう、全然受けなくて。自分としては『これ、最高じゃん!』と思っていただけに、落ち込みましたね。『みんな、わかってくれないんだなー』とか悩んだりして。試行錯誤ばっかりですよ」

CAIRO #9
Tomoo Gokita “CAIRO #9”, 2013 Acrylic on paper 36.4 x 25.7 cm Courtesy Taka Ishii Gallery, Tokyo

——〝ばら色の時代〟もありますね。

「あ、これはね、発表とかそういうことは考えず、自分の楽しみのためだけに描いたもの。2012年にカンザスシティで個展を開いたんだけど、その直後、色をつかって遊びたくなっちゃって」

——そうすると、DIC川村記念美術館で展示された経緯というのは?

「鈴木さん(注:DIC川村記念美術館の鈴木尊志氏)が『これ、なかなかいいじゃないですか。展示しましょうよ』と言ってくれたから。こういう作品に目をとめてくれたのは、単純にうれしかったです」

——〝青の時代〟と〝ばら色の時代〟には、五木田さんのメロウな部分が出ているし、抽象表現としても面白いですよ。ちなみにピカソは好きですか?

「大好き。好きな画家は大勢いますけど、ピカソとデュシャンは別格かもしれない」

カウント6
レコード中毒、音楽狂い

アトリエにて

「もう5時か。早いな。みなさん、ビールでも飲みます?」(と言いながら、アトリエの隅にある冷蔵庫から、缶ビールを出す五木田さん)

——ありがとうございます。いただきます。

「おれは5時までは飲まないと決めてるんですよ」

——逆に言うと、5時からは飲むぞってことですよね。いつも何時頃からアトリエに来ているんですか?

「こどもがいるおかげで、早寝早起き。朝8時にはここにいます。夕方になったら、だいたい飲み始めるという」

——絵を描くのも速いと聞いていますが。

「速い。自分で言うのもなんだけど、ものすごく速い」

——いま使っている画材はアクリルグワッシュですよね。速乾性の。

「そうそう。もともと描くのは速かったんだけど、アクリルグワッシュを使うようになって、その傾向がどんどん加速していった。グワッシュはすぐ乾くから、ささっとすばやく描かなきゃいけない。200号のカンヴァスでも、1日あれば描き上げられるし、気分がのっているときなんて、3時間くらいで完成しちゃう」

——ハードコアといっしょですね。1曲の長さが2分くらいしかなくて、あっという間に演奏が終わっちゃう、みたいな。

「そうかも」

——新作を発表するときは、だいたい、どれくらいの期間で描き上げるんですか?

「このまえのメアリー・ブーン・ギャラリーのときは、大きなやつを12点描いたけど、1ヶ月で仕上げたからね。まあ、描き始めたら速いけど、そのまえにあれこれ悩んだりするから……」

——次の個展は?

「来年3月、タカ・イシイギャラリーで」

——ハイペースですね。これから制作だと、あまり時間もないような……。

「そうそう。正直、ちょっと休みたい気持ちもある。映画館とかレコード屋に行ったり、いまはそういうフツーのことがしたい。まあ、オファーがあるのはありがたいことなんですが」

——壁に貼ってあるのは? あれは息子さんの絵ですか?

アトリエにて

ええっとね、右がジョン・フェイヒィ、左がこどもの絵」

——えっ! ジョン・フェイヒィ? あのギタリストの?

「そうそう。すごいでしょ。ジム・オルークが譲ってくれたの。『これ、五木田さんにあげます』って。ジムはこういう絵をジョンからたくさんもらったみたい。というか、ジムってさ、すごいんだよね。ジョン・フェイヒィとかデレク・ベイリーと交流していたわけで。尊敬しています」

——五木田さんも音楽やってますよね。

「うーん、音楽は挫折した」

——Super Deluxeでライブやったりしてたじゃないですか。

「ああいうのは遊びですから。趣味っていうか。あ、そういえば去年、20年くらい前につくった音源をCDにしないかって、某ミュージシャンに言われたんですよね。おれも酔っ払っていたから、『マジですか! いいっすね!』なんて、その瞬間だけ盛り上がったんだけど、翌朝、しらふの状態で考え直して、やっぱりやめにしました(苦笑)。なんか〝調子に乗ってる感〟が出そうで、そういうのはやっぱりカッコ悪いじゃないですか。まあ、そのうち出すことになったとしても、自費でやろうかなって」

——メジャーなレーベルから、ということだったんですか。

「ありがたい話なんだけど、ちょっと違うかなと」

——五木田さんが描いたジャケだけで判断すると、有名どころを挙げたとしても、ルース・ファーとか大友良英ニュージャズトリオだから、こと音楽に限っては、メジャーな匂いが全然しない(笑)。

「そうそう。聴いていたのも、ジム・オルークとか坂田明とか、そっち方面だからね」

——アンダーグラウンドというかインディーズというか。最近もCDのジャケ描いてるんですか。

HEALTY LIFE - ENERGISH GOLF

「ENERGISH GOLF(http://energishgolf.com)って面白いバンドがいて、そいつらのジャケをデザインしました。(CDを流し始める)ね? 変な音でしょ」

——これ、手描きですか。

「そう。自分でデザインもやるって言ったのはいいけど、いまの Illustrator の使い方がわからなくて(笑)。よく考えたら、おれがデザインやってた頃と、バージョンもだいぶ違っているし。しょうがねえなと思って、イラストも文字も、全部、原寸で手描き。それをデータ化して入稿」

HEALTY LIFE - ENERGISH GOLF

——それって、むかしの〝版下〟感覚ですよね。原寸ってところがカッコいいな。だって、データ化するなら、印刷時の2倍サイズで描いたって、別に問題ないわけでしょう?

「そうそう。あえて原寸でいこうと」

——ジャケット制作も一発録りに近いという。たぶん五木田さんは余計な手数をかけるのが嫌なんでしょうね。そういう意味では、ドローイングもペインティングもイラストレーションもデザインも一貫している。〝直接性〟みたいなものの強さに惹かれている感じがします。

「ちなみに ENERGISH GOLF のリーダーは、ふだんは週刊大衆の編集部で仕事してるのね。だから毎週、送られてくる(笑)。おかげで山口組の抗争とか詳しくなっちゃって」

——違う意味でハードコアだなあ。それにしても、メアリー・ブーン・ギャラリーで個展を開いたアーティストで週刊大衆を読んでる人間なんて、きっと五木田さんだけですよ(笑)。

カウント7
メアリー・ブーンから
電話がかかってきて……

Sweet Soul
Tomoo Gokita “Sweet Soul”, 2016 Acrylic gouache on canvas 116.7 x 91 cm © Tomoo Gokita Courtesy Mary Boone Gallery, New York

——そもそも、ニューヨークで個展を開くことになったきっかけは何だったんですか。

「最初はね、たまたま『ランジェリー・レスリング』を見たやつが、おれの絵を気に入ってくれて、それでニューヨークのグループ展に呼んでもらったの。そのとき、いろんなギャラリストから、たくさん名刺をもらった。いまもそうだけどさ、アートシーンの動向なんて全然知らないから、どのギャラリーが信頼できるのかってことがわからなくて。結局、ニューヨークの友達に相談して、何人かのギャラリストと話をしたんだけど、全員、いかにも〝ニューヨーカー〟という感じで……。スーツをビシッと決めてたりして」

——そういうの、五木田さんは苦手そうですねえ。

「うん。『何か違うよな……』と思っちゃって。最後に会ったのが、ビル・ブレイディ。その頃のビルは髪も髭も伸ばしっぱなし。しかも短パンでスケボー乗ってきたのね。で、いきなり『おまえがゴキタか? 飲みに行こうぜ!』って(笑)」

——ナイスガイじゃないですか(笑)。

「ニューヨークでの初個展を企画してくれたのもビル。ずいぶん世話になりました。でも、ニューヨークからはもう離れちゃったけどね。いま、ビルはカンザスシティとマイアミでギャラリーをやってます」

——いまニューヨークでは、メアリー・ブーン・ギャラリーと契約しているんですよね。彼女との出会いは?

「それも偶然のなりゆき。ビルのギャラリーでKAWSがおれの絵を買ってくれたらしいのね。その後、メアリー・ブーンがたまたまKAWSの家に遊びに行ったら、『これ、誰の絵? 連絡先を教えて!』って流れになったみたい。いきなり電話かかってきたからビックリしたよ」

——とんとん拍子じゃないですか。

「逆に怖いけどね。こっちは何も動いていないのに、状況だけがどんどん動いていく感じが。そのうち足下すくわれるんじゃないかと、いまだに思ってます」

——ストリート文化って、最初はたいていファッションと結びつくわけですけど、それがあるとき、ファインアートの文脈で評価されたりするケースも多々ある。五木田さんという才能を最初に発見したのが、スケーターのビルやグラフィティ出身のKAWSだったというのは示唆的ですよね。というのも、ファインアートの世界が、結果としてストリートの感覚に追従するかたちになっているわけだから。

「なるほどね」

——良くも悪くも、目利きのひとりとして、KAWSが機能しているってことなんでしょうけど。

「KAWSのアトリエに行ったら、たしかに若いアーティストの作品がたくさん並んでいた。本人にしてみれば、別に〝先物買い〟って意識もないんだろうけどね」

——それにしても、五木田さんの〝サクセスストーリー〟って、イエロー・マジック・オーケストラの海外進出とちょっと似ているところがありますよね。

「あっ、こどもの頃、YMOは大好きでしたよ」

——ホソノさんのインタビューを読むと、ファーストアルバムの制作中、所属していたアルファレコードのスタッフは困惑していたらしいんですよ。コンセプトも音も斬新すぎて。

「60年代のエキゾティックサウンドと70年代のディスコミュージックを、シンセサイザーをつかって掛け合わせるっていう……」

——でも、A&Mの名プロデューサー、トミー・リピューマがいちはやく反応して、それで全米発売が決まったという経緯があったようです。なので、五木田さんにとってトミー・リピューマに相当するのが、メアリー・ブーンなのかなって。五木田さんの日本での評価も、ちょっと〝逆輸入〟っぽいところがありますし。

カウント8
Tシャツにおける
デザインとは?

Tシャツ

——五木田さんは大量にTシャツのデザインをしていますよね。とくにタコマフジレコーズのシリーズは、楽しみにしているファンも多いんじゃないですか。

「ただ、やりたいことを全部やっちゃったからなあ。いまは、あまりアイデアが湧かない状態です」

——でも、Tシャツ自体は嫌いじゃないでしょう?

「うん。最近、自分で着るのは無地のものばかりだけど」

——Tシャツって、誰もが普通に着るものですけど、よくよく考えたら、おもしろい在り方してますよね。

「〝T-SHIRT AS MEDIA〟なんてことは言いたくないけどさ」

——言ってくださいよ(笑)。

「自分でデザインするときは、〝low〟な感じでいきたいなって思ってますけど」

——ローファイやローライダーの〝low〟ですか。

「そんな感じです」

——アートとデザインというかたちで分けたとすると、五木田さんにとってCDジャケットやTシャツの仕事は〝デザイン〟?

「うん。とくにTシャツはポップに仕上げたいと思っているから。自分の作品に限らず、誰の絵でもそうなんだけど、Tシャツにアート系の作品をプリントするのは、ちょっと違うというか」

——ミュージアムショップに行くと、作品をそのままプリントしたようなものがたくさんあって、「いやあ、作品は好きだけど、さすがにこれは着れないな」と思うことがしょっちゅうあります。

「そうそう。ああいうのは〝Tシャツ〟という感じがしない」

——五木田さんは、ファインアートの作家として絵を描きつつ、デザイナーとしてはTシャツやCDのジャケットに関わっている。この状態は、アートとデザイン、どちらの欲望もバランスよく満たされているってことなんでしょうね。

「いまね、プロレス雑誌の『KAMINOGE』で連載ページもってるんですよ。目次ページの次の見開きで、何をどう描いてもいいというすばらしい条件でイラストを描いていて。これはホント楽しい。ペインティングでできないことを、こういうところで発散している(笑)」

KAMINOGE

——あのう、これプロレス雑誌なのに、プロレスと全然関係ない絵が……。

「この号で描いたのはジェームス・ブラウンね。好き放題やらせてもらってます」

——ハハハ。ファンキーすぎる。プロレスファンはどう思ってるんでしょうねえ。

「好きにやらせてもらったといえば、松本弦人さんの〈BCCKS〉で『シャッフル鉄道唱歌』(http://bccks.jp/bcck/39712/)という本を出したんですよ(本棚からもってくる)」

——意味があるようなないような……。謎の言葉が延々と並んでいますが。

「古い鉄道唱歌の本をコピーして、文字を切り貼り、つまりシャッフルしただけ。なんとなく意味がつながるような流れにしたかったから、制作するのに2ヶ月もかかっちゃった。こういう作業も、ある意味〝デザイン〟かなーと思ったりして」

——弦人さんとしては、五木田さんに絵を描いてほしかったんじゃ……。

「原稿を渡したときは絶句してましたけどね。絵もちょっと入れてほしいと言われたし」

——ですよねえ。

「でも、基本的には何の文句も言わずに出してくれて。そういう意味では、弦人さんって偉いなと思った(笑)」

カウント9
アントニオ猪木、
もしくは横尾忠則の教え

アトリエ

——あえて愚問を発しますが、好きなプロレスラーは?

「そりゃ猪木ですよ!」

——即答ですね(笑)。やっぱりアントニオ猪木ですか。

「ですね。まあ、1970年代から1980年代半ばまでの猪木ってことですが。現役の頃はホントにカッコよくて」

——ちなみに佐山聡は?

「もちろん好きですよ。プロレスにのめりこむきっかけになったのはタイガーマスクですから(注:覆面レスラーだったタイガーマスクは、長らく正体不明だったが、後に佐山であることが判明)。天才ですよね。誰も超えられないっていうか。ホントよかった……」

——五木田さんも佐山みたいなところがありますよね。佐山は〝プロレス〟で大活躍した後、新しい格闘技として「脩斗」を設立し、後の〝総合格闘技〟ブームの礎を築いた立役者。五木田さんの場合は〝イラストレーター〟から〝ペインター〟に転身した。つまり、佐山の初期衝動におけるプロレス/総合の関係性と、五木田さんの初期衝動におけるイラストレーション/ペインティングの関係性が、見事なまでに対応している感じがして。

「そうか……。まあ、結局のところ、俺もガチンコの舞台に上がっちゃったんだよね」

——ファインアートの世界ですね。その舞台はWWEなのか、それともUFCなのか……。いずれにしても、今度はそこで、また別のガチンコ勝負を展開していますよね。ファインアートにおける具象と抽象とは何か、みたいな。きっと五木田さんは、どこにいてもガチンコ勝負を仕掛けてしまう体質なんですよ。

「こういう話は、むかし飲み屋でも語り合ったことがあるんだけど……。『五木田は桜庭じゃないの?』と言うやつもいてさ」

——あ、なるほど。

「桜庭に比較されるほど、大した存在ではないけどね。でも、そういうふうに言われてうれしかった自分もいる(笑)。とにかく物事の捉え方に関しては、プロレスからすごく影響を受けてます」

——そういえば、五木田さんは、横尾忠則、湯村輝彦、大竹伸朗から影響を受けたと公言しているじゃないですか。

「うん。いろんなところで言ってます。影響を受けた日本人はその3人。〝すごい絵を描く人〟という意味でね。小学生で横尾さんを知り、中学生で湯村さんが好きになって、高校生で大竹さんにガツンとやられた」

——横尾さん、湯村さん、大竹さんの3人は、作品にどこか抜けがあったり、外しがあったりして、どこかしら笑える部分がありますよね。そういうセンスは、五木田さんからも感じますけど。

「そうそう。みんなユーモアがあるんですよね。想像なんですけど、3人ともカッコつけたくないと思ってるんじゃないかな。上はスーツをビシッと決めてるんだけど、下はパンツ一丁みたいな」

——横尾さんがアントニオ猪木だとすると、湯村さんが佐山聡、大竹さんは……?

「前田日明。パンクっていうか、攻撃的なところが」

——そうか! で、五木田さんが桜庭和志と。

「だったらいいけど(笑)。というか、これってアートマガジンの取材でしょ。こんな話で大丈夫なの?」

——いや、プロレスの起源は古代ギリシアまでさかのぼりますから。パンクラチオンは、美の規範としてのギリシア美術とも密接に結びついているわけで、むしろ美術史に則った話をしている(笑)。ちなみに、海外での取材だと、どういう質問が多いですか?

「必ず聞かれるのが、『なぜモノクロームなのか?』『カラーには興味がないのか?』『どうして顔が抽象的なのか?』『なんで目や鼻を描かないのか?』 そんなのばっかり。もう、どこに行っても、ホント同じ質問なんだよね」

——あ、マズいな。そういう大事なことを、今日はまったく聞いてない……(苦笑)。

「いいのいいの。そのほうが楽だし。で、あまりにも同じことばかり聞かれるから、今回、メアリー・ブーン・ギャラリーでは、目鼻を入れたものを発表しました。『どうだ、これで文句ないだろ!』という気持ちで(笑)」

——反応はどうでした?

「ペインティングで真っ向から顔を描いたのは、けっこう意表を突いたみたいで、ビックリした人もいるみたい。やろうと思えば、いかにも〝絵画〟っぽい顔も描けちゃうんだけど、それよりインド映画やメキシコ映画のポスターみたいな〝チープな感じ〟の方が好きなんですよね。そのあたりのニュアンスをわかってくれる人も多かったから、けっこううれしかった」

I Don’t Like Karaoke
Tomoo Gokita “I Don’t Like Karaoke”, 2016 Acrylic gouache on canvas 162 x 162 cm© Tomoo Gokita Courtesy Mary Boone Gallery, New York

——むしろドローイングだと、具体的な顔や表情を描くことが多かったりしますよね。ただし、それっていわゆる〝肖像画〟とか、あるいは〝似顔絵〟とか、そういうものとは全然違う。五木田さんの場合、具体的な目鼻があったとしても、どんどん抽象的なイメージに近づいていくっていうか……。

「架空の顔なんだよね。どこかの国の変な人、みたいな勝手なイメージ……。うーん、これって何なんだろうなあ。……というか、いい感じに酔ってきたんだけど」

——缶ビール、だいぶ空いてますよ。

「だよねえ。もう帰ります? それとも近所にいい感じの飲み屋もありますけど」

——飲む気満々ですね。じゃあ、インタビューの打ち上げということで、その店に向かいましょう。今日は長時間、ありがとうございました!

カウント10(場外乱闘)
行きつけの
小料理屋にて

五木田さん「こんばんは。ごぶさたしてます」

女将さん「あら、久しぶり。元気? なんか痩せたみたいだけど」

「かもしれない。最近ちょっと忙しかったから」

——五木田さんって、この店ではただの飲んだくれかもしれませんが、実は有名な画家なんです。

「知ってるわよ、そんなことくらい。絵は見たことないけど」

——あ、ちょうどいま、作品集もってますよ!(DIC川村記念美術館のカタログ『TOMOO GOKITA THE GREAT CIRCUS』を渡す)

小料理屋 女将さん

「へえ、こんな絵なんだ。ふーん……(と1ページずつじっくりていねいに見始める)」

「……」

「顔が無いわねえ。心が病んでる感じがする。アンタ、大丈夫なの?」

「いやいや、大丈夫ですよ! 奥さんもこどももいて、真面目に暮らしてますから!」

「これは海?」

「海です」

「アンタの海は死んでるね」

「えっ!」

「あっ、こういうのは、ちゃんと顔もあるし、いいじゃないの」(壁面いっぱいにドローイングを並べたインスタレーションを見て)

「やっとOKが出た(笑)。今度、おれの絵をここの壁に貼ってくださいよ」

「アンタの絵? うーん、どうかしらねえ……。それより注文どうする? ビールばっかり飲んでて。肴は?」

「じゃあ、古漬けをお願いします」


(2016年10月17日、東京都にて)