SHIKIMEI INTERVIEW 07 - 後藤映則
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動いた瞬間に命が宿るというか、
静止してたものが、
なぜか動いた瞬間に
すごい生命感が生まれる。

感覚的に何かわかる、
その時のゾクっていう
感覚が好きなんですよ。

後藤映則
Profile:1984年岐阜県生まれ。
武蔵野美術大学造形学部視覚伝達デザイン学科卒業。
先端のテクノロジーと古くから存在する手法やメディアを組み合わせて、
目に見えない繋がりや関係性を捉えた作品を展開中。
代表作に時間の彫刻「toki-」シリーズ。
国内外で展示多数。国立メディア博物館(イギリス)にてパブリックコレクション。

取材・撮影 SHIKIMEI

SHIKIMEI  |  INTERVIEW 07  |  AKINORI  GOTO
01

存在しているとすれば、
それはどんな形なのか

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動くってどういうことだろう?
そう考えた時、動きには必ず時間がセットになっている。時間があるから動きが生まれる。そこには特別な関係性がある。そこで「動きの秘密は、動きではなく、それを生成している時間を追うことで見えてくる」っていう仮説を立てた。
『toki-』シリーズが生まれたきっかけです。

人間が認識できる最も美しい動きは、僕は人間の動きだと思うんです。
なぜこんなにきれいに見えるんだろう?って考えると、動きを可能にさせている時間という存在があって、そこにも何かしら意味というか、美しさがあるはず。そういう視点でバレエを見ると、いままでと少し違って見えます。

動きと特別な関係性で結びついている時間。それを形にすると、こういう風に見えるっていう感覚をピュアに表現したのが、『toki- BALLET_#01』という作品。1人のバレエダンサーの動きの美しさ、時間の流れる美しさを追求している。
だから、これは時間の美しさを形状化した、いわば時間そのものの彫刻なんです。

『toki- BALLET_#01』は1人の時間でした。でも広い視点で世の中を見てみると、いろんな個人の時間が重なり合って、そして世界というものが構成されている。その人たちが一番重なるひとつの場所が交差点だと思ったんです。

それである日、住んでいる中野の交差点で歩いている人を撮って、作品に取り込みました。この『toki- CROSSING_#02_NAKANO』には、そのとき偶然歩いていた12人の時間が入っています。まったく関係ない他人同士だけど、同じ時間を共有している。そして、みんな何か目的があって、どこかに向かっている。時間を共有しているだけで、人間のつながりみたいなものが構成されるのが面白いなと思ったんです。

人間の動きが美しいと思うのは人間だからっていう、さっきの仮説もそうですけど、根源的なつながりが人類にはある気がします。

赤の他人だけど、本当は他人じゃないというか、ひょっとしたらそれが自分でありえた可能性もあるっていう(笑)
作品制作に没頭していると、ふとそんな風に感じる瞬間もあります。

02

サウス・バイ・
サウスウエスト
の衝撃

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SHIKIMEIのクリエイティブディレクター・N氏が興奮気味に電話をかけてきた。
「サウス・バイ・サウスウエスト(以下、SXSW)に、3Dプリンターを使ったヤバいアート作品が出てる。しかも作ったのは日本人。絶対、インタビューを取るべきだ!」

SXSWは、米国テキサス州オースティンで毎年3月に行われている音楽と映像とインタラクティブの祭典。ここ数年は特に最先端テクノロジーとビジネスアイデアの見本市としても注目されている。

N氏の「ヤバい」の理由は、こうだ。
「今年、SXSWにアート部門が新設された。世界で5組しか選ばれない狭き門なんだけど、そこに光と時間をテーマにした作品が展示されていて、そのコンセプトも作品自体の美しさも半端ない。今すぐコンタクトを取った方がいい」

こうして後藤映則さんと会うことになった。場所は自宅マンションのある東京・中野。
冒頭の言葉はその時のものだ。

時間とはいったい何者なのか? 今という時間を介して、何かしらつながっているような感覚を覚えるのはなぜなのか? 色や形など、本当はアヤフヤなくせに絶対として世界が認識しているって、一体どういうことなのか? などなど。日常の不思議をほじくり返しては、アートのフィルターを通して、我々に問いかけている。
彼のしているのは、つまり、そういうことだ。

「日常って、実は不思議なことだらけだと思います。偶然であるほど、どうでもいいことが記憶に残るように、ふとしたところに物事のヒントが隠されている。日常の中のちょっと気になったところを探すと、この世のとらえ方が少し変わる気がします。」

03

この世界が、イソギンチャク的
世界だったなら

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インタビュー中、こんな話があった。

「ある哲学書で読んだのですが、イソギンチャクのような生き物が岩にへばりついて、彼らは上から餌が降ってくるのを待っている。一生、死ぬまでそこにいる。それが彼らの知覚している世界の全て。でも、僕ら人間からしてみたら“横を見れば周りにも世界が広がっていて、もっとたくさん餌あるのに”ってなりますよね」

「でも、イソギンチャクのような生き物に言っても理解できない。なぜなら、彼らは上下の縦の世界でしか生きていないから。ただし、それは僕ら人間も同じかもしれない。さっき彼らを狭い世界で住んでいる生き物と思ったように、別世界の人から見ると“いや、そうじゃないよ”っていうことが、十分あり得るんじゃないかって。感覚として、そう思うことがあります。」

突拍子がないように聞こえるこの話、実は「次元」についてのメタファーである。1次元は線の世界、2次元は平面の世界、そして3次元は縦横に加えて高さがある世界(いま我々がいるところ)だ。それぞれの次元に住む人は、同じところにいても別次元の世界を見ることはできない。

さて、ここに境界線があるとする。平面に生きる2次元人は、その境界をどうやっても越えることができない。ところが、同じ境界を3次元人がひょいと横から見たとする。すると……実は境界はすごい低い壁だったことがわかる。3次元人は「なーんだ飛び越えればいいじゃないか」と思う。ところが、2次元人はそれがなんのことかさっぱり理解できない。下の次元では、上の次元のことを理解するどころか、感知することすら難しいからだ。だから、われわれのどうしてもわからないこと、解決できそうもないことが、実は上位次元の人から見れば「なーんだ」となるかもしれない——後藤さんが言っているのはそういうことだ。

04

時間は過去から未来に
進むと誰が決めた

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ところで、人間の世界は空間的には3次元だが、これに時間を加えた「4次元時空」に存在している(……ということになっている)。そして時間は過去から未来へ流れる。「時間の矢」と例えられるように、それは直線的で不可逆的なものと思われている。

ところが、どうも物理学や哲学の世界では様子が違う。時間=直線的であるという考え方は間違っているという認識が一般的になりつつあるらしい。まずはアインシュタイン。かの有名な相対性理論は、光を超える速度で移動すると時間の進み方は遅くなるし、あまりに強い重力は光や時間を歪ませると説き、過去・現在・未来は同じ座標上にあると考えた。このことは70年代に後世の学者が飛行機と原子時計を使った実験を行い、証明もされている。さらにブロック宇宙論を提唱する現代の物理学者たちによれば、過去・現在・未来は時空に散在しており、スポットライトで照らすように時間が移動しているのだという。

では、なぜ我々は時間を遡ったり、未来を見たりできないのか? それはこの世界での時間が直線的な1次元だからだ。しかし、仮に2次元の時間、3次元の時間というものが存在するのなら、3次元人が境界線をひょいと飛び越えたように、時間も自由に移動できるものになるかもしれないのである。

そんなことを思いながら、『toki-』を改めて眺めてみる。
ワイヤーでできた円環の立体物がぐるぐると回っている。そこに上から光のスリットが当てることで、立体物の凹凸が光り、動きが現れるという仕組みだ。

この日は自宅にお邪魔できたので、普段の展示では見ることのできない内部装置も見ることができた。興味深かったのは、光のスリットの正体はパソコンでプログラムされた複数の光の線であったことだ。画面上では、ただの線でしかない光。それが上から投射されることで、構造物(時間の塊)がスライスされ、動きの瞬間が見えてくる。それはあたかもスポットライトで時間をスライスしているように見えた。

05

「時間が混ざる」ということ

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仮に直線の時間が存在としてあるとすれば、それは紐のようなものだろう。その始点と終点を結んで円環にできたとする。円の中心が自分だとすれば、過去も現在も未来も同時に存在するということになるんじゃなかろうか。あとは行きたい時間を選べばいいだけ、ということだ。もちろん、これは単純な思考のおふざけ程度の話ではあるが、円環状の『toki-』はそんな風に時間に思いを巡らすきっかけも与えてくれる。

『toki-』は時間の多次元化という広がりまで表現している。
「SXSW」で展示された『toki-series #02』は、それが特に現れた作品だ。この作品は円環状ではない。巻貝の内部のような螺旋を飴細工のようにぐにゃりと曲げ伸ばした流線形の物体――これが暗い部屋でいくつも宙に配置されている。巨大な光のスリットが立体の断面を切り取ると、歪みながらたくさんのバレエダンサーが現れては消える。

この作品には2つの時間の歪みが内包されている。ひとつは光が垂直ではないことで起きる時間の歪みだ。垂直に光が当てると、照らされたそこは「今」となる。斜めに当てると、「今」だけでなく現在と過去と未来がちょっとずつだが同時に浮かび上がる。まるで時間を操るように。後藤さんはこれを「時間が混ざる」と表現する。

「正しいかどうか分かりませんが、僕は“時間が混ざる”と言っています。時間軸に対して垂直に線が入れば、それはいわゆる時間どおりということ。でも、光が斜めに入ると前後のフレームが切り取られ、結果として時間がゆがむ。過去・現在・未来の<時間が混ざる>ということになると思うのです。」

もうひとつの歪みは立体の構造自体にある。バレエダンサーの動きのなかで、後藤さんが特に美しいと思った動きが数種類取り込まれており、各パーツは直線的ではなくバレエダンサーの動きの軌跡から形作られることで、空間を捻じ曲げるように構成されている。それらは作品の中心から身体のエネルギーが立体的に溢れ出ているような印象も感じさせる。重力からも解放させて、時間を結晶化させたと言ったところだろうか。

06

根源的なことを感覚として知りたい

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後藤さんの作品は最先端の技術やツールを使って表現していることが注目されがちだが、必ずしもそこは重要ではなく、彼の興味・原動力は世の中の根源的なことを「感覚として知りたい」というところにある。となると『toki-』シリーズは、テクノロジー系メディアでよく言われるような「ファブリケーションで生まれた3Dゾートロープ」ではなく、やはり「時間の彫刻」と呼ぶほうがしっくりくる。

「自分が見たい世界、もしくは他人に見せたい世界をどう表現しようかって整理したときに、まだ誰もやっていないところに行きつく手段として、テクノロジーを使っている感じです。ただし、テクノロジー側からいろんなアイデアが浮かぶことは沢山あります」

「たまに自分自身や他人が存在していることが奇跡的に思えることがあります。当たり前だと思っていることを考えれば考えるほど、頭で理解出来ないことが多く、納得できないと思えるけど、それでも世界が成り立っていること自体が不思議に思えることもあります。この世の存在や、存在の背景にある人やモノとの繋がりは一体どうなっているのか?それを少しでも感覚的に理解したいという強い好奇心が制作意欲をかき立てるのかもしれません」

「自分以外の人は、どのような目線でこの世界を捉えているかにも興味があります。たまにバックパックを担いで海外に行くんですが、辺境の地だと、まったく言葉が通じなくて、育ってきた環境もまるで違う人達がいる。彼らがどうこの世界を見ているのだろうか?と思って、なるべく現地人の目線になってみようとします。朝起きて祈りをする場合は同じように祈りをしたり、同じ朝食を食べたり……。これで同じ目線になれる訳ではないのですが、少しでも近づいて意思が共有できたり、繋がりを感じたときに喜びを感じますね」

こういう感覚が彼をアーティストたらしめている。ならば、アートとは何だろうか?

「多様な世界の捉え方、見方があることを訴えかけてきたり、教えたりしてくれるもの。そこには強烈なエネルギーのようなものがあって、見た人の心と身体を芯から揺さぶるのだと思います。別に美術館といった特定の場所だけにあるものではなく、自然の中やふとした日常の中にもあるものだと思います。

もし、今後、後藤さんが量子力学や数学、哲学の分野の人々と深く交わることがあれば、新しい世界を理解する方法が生まれる可能性があるのではないか。そう考えて、勝手にワクワクする。かつての芸術や医術、宗教、哲学の境目が混沌としていた世界、すべてが世界を解き明かすことに繋がっていた世界のごとく、テクノロジーがアートと出会って行き着く先は、そういうところにあるのかもしれない。

2017年5月11日 東京・中野にて