INTERVIEW 04 | MIYAKE MAI - ミヤケマイ
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インタビュー04
ミヤケマイ

伝統的な美意識に
裏打ちされた
現代的な軽やかさ

取材・撮影 SHIKIMEI
協力 トライギャラリーおちゃのみず

ミヤケマイさんは、日本の伝統的な美術や工芸の世界観に独自のエスプリを加え、過去・現在・未来を見通しながら、物事の本質や表現の普遍性を問い続けているアーティストです。その特徴は、骨董・工芸・現代美術・デザインなど、これらの分野がもつ繊細さや奥深さをじゅうぶんに尊重しつつも、既存の狭苦しい区分をひらりと飛び越え、新しい領域を切り開いているところにあります。

2017年1月には、トライギャラリーおちゃのみずでグループ展「江碧鳥逾白」を企画。ミヤケさんが敬愛する、長谷川まみさんの金工、内田鋼一さんの陶器とともに、掛物を発表しました。

続く3月には、日本橋タカシマヤの美術画廊Xで「十二進法 Duodecimal」を開催。これは、かつて五行を元に年月・時刻・方位などを表していた干支というシステムを、あらためて可視化した作品で、髙島屋美術部創設110年を記念し、初商・福袋のメインビジュアルとなる干支(十二支)の原画として使用されるものです。

「江碧鳥逾白」も「十二進法 Duodecimal」も、新春を寿ぐようなたおやかな精神性を漂わせ、悠々たる時間の流れを超える知性が感じられる展示でした。今回のインタビューでは創作に対する姿勢や考えかたをうかがいました。

#1 江碧にして鳥いよいよ白く

——トライギャラリーおちゃのみずでの展示「江碧鳥逾白」を拝見しました。このタイトルを付けたのはミヤケさんだそうですね。

ミヤケ はい。杜甫の五言絶句から採りました。

——杜甫は唐代の詩人です。原文を見ると、こうなっています。

  江碧鳥逾白(川の緑に映えて、鳥はますます白く)
  山青花欲然(山の青さに映えて、花は燃えんばかり)
  今春看又過(今春もまた、みるみるうちに過ぎていく)
  何日是帰年(いつになったら、故郷に帰れるのだろう)

ミヤケ 今回、わたしは掛物を展示したのですが、金工の長谷川まみさんと陶の内田鋼一さんにお声がけをして、3人の作品がそれぞれ呼応しあうような見せかたを意識しました。杜甫の漢詩から引用したのは、春という語句が入っていたこともあるのですが、過ぎゆく時の速さという含みもあったのです。というのも、3人ともいつも仕事に追われていて、気がつくと時間が経っていたという実感があったから(笑)。年頭の展示ですが、「今年もまた、あっというまに1年が過ぎ去ってしまうんだろうな……」という、感慨というか諦念というか、そういう気持ちも込めています。

——ミヤケさんの作品、長谷川さんの作品、内田さんの作品が、それぞれ作品として独立しつつも、互いに響き合っていて、比喩的にいうと、室内楽の演奏を聴いているような印象を受けました。ミヤケさんがピアノ、長谷川さんがヴァイオリン、内田さんがチェロといった具合に。全体の方向性はどういうふうにまとめたのでしょうか。

ミヤケ 「江碧鳥逾白」というテーマは共有しつつ、それぞれ進めやすいかたちでつくっていただきました。良いものをつくるには、それがいちばんだと思うので。なので、それぞれの作家さんと話して、もっともやりやすい方法を考えました。

——具体的には?

ミヤケ 長谷川さんには、先にこちらの作品の具体的なイメージをお伝えしました。逆に内田さんの場合、内田さんの作品がどんなものかをうかがい、こちらの作品については、ニュアンスだけをおおまかにお伝えして。いずれにしても、基本はおまかせです。長谷川さんや内田さんは大先輩ですし、もともとおふたりの作品が好きなので、どういうものができあがってくるのか、いちばん楽しみにしていたのはわたしだったかもしれない(笑)。

#2 多重構造にすること、しつらえること

——長谷川さんと内田さんの作品は、金属や陶土など素材の持ち味を最大限に活かしています。そのぶん、素材そのものが持っている野性味も感じます。また、全体の構成や配置から、古代中国の五行思想を思い浮かべたりもしました。あらゆるものは、木・火・土・金・水でかたちづくられているという考えかたです。

ミヤケ どことなく意識していましたね。素材や技法だけを見ても、長谷川さんの作品は金と火を、内田さんの作品は土と水、そして火をつかっていますし。

——ミヤケさんの作品は掛物ですから、紙や布をつかっています。つまり、木や水の属性をもっているわけです。なぜなら、紙も布も原料が植物だし、製造工程では水を必要としますから。こうした素材同士の相乗効果を踏まえたうえで、ミヤケさんはさらに杜甫から引用したイメージを巧みに織り交ぜている。漢詩の中にある緑・白、青・赤といった色彩描写や、動植物のモチーフを参照しながら、自由にのびのび再構成しているというか。

ミヤケ そういうかたちで読み解いてもらえるとありがたいです。わたしの作品には、たくさんのモチーフが盛り込まれていて、レイヤーがいくつも重なり合っている状態にしています。実際、「最初のうちは『きれいだな』としか思っていなかったのに、時間が経つにつれて、作品に含まれた意味合いが次第に見えてきた」と言われたこともありますし。そのときは嬉しかったですね。

——きっと、作品と向きあうたびに、見る側の感じかたも変化するんでしょうね。

ミヤケ たとえば、同じ本であっても、子供のころに読んだのと、大人になってから読むのとでは、体験として違ってきますよね。読み取る量や質が変化するように、その人の状態がおのずと反映されるような感じで……。わたしの作品も、受けとめたり、消化するまでに、やや時間がかかるところがあるのかもしれません。スローフードのようなもので、いわば〝スローアート〟(笑)。

——逆にいうと、ミヤケさんが仕掛けた多重構造に気づくか気づかないか、ということでもある。ある意味、見る側の眼力や教養が試されているような……。

ミヤケ ハハハ。ただ単純にきれいとか好きとかでも全然かまわないんですけど、やはり細かいところまで気がついてもらえるのは嬉しいです。

——日本文化には本歌取りという手法があるわけですから、ミヤケさんの場合、今日的なセンスでそれを実践しているのでしょうね。といっても、あくまでも軽やかさや遊び心の発露として、ちょっとした仕掛けをほどこしている。そこがチャーミングだなと思います。

ミヤケ ええ、ことさら難しいことはしていないつもりです。ルネッサンス絵画のシンボリズムのようなもので、記号の組み合わせを読み解いて、言葉や絵画を超えた世界が見え隠れしたとき、「なるほどね」とおもしろがってくれればいいと思っています。そういうふうに染み込んでいくような在りかたというか、時限爆弾のような仕掛けが好きなのかもしれません。

#3 つねに軽やかで、とどまることなく

——さきほど、いつもぎっしり仕事が詰まっているとおっしゃっていましたが、2017年の予定は?

ミヤケ 5月にt.galleryで個展「天人五盛」を開催します。内田鋼一さん、上出惠悟さん、川瀬忍さん、清水志郎さん、植松永次さんの作品を本歌に見立てて、わたしが本歌取りをするという趣向です。一見すると、グループ展のようだけど、そういうわけでもなくて……。みなさんの作品を酒の肴にしたような展示、と言ったほうがいいかもしれない(笑)。

——「天人五衰」というのは三島由紀夫が小説のタイトルにしたこともある仏教用語ですが、それをもじった「天人五盛」というタイトルもおもしろいですね。〝五種の衰えの相〟ではなく、〝五種の盛りの相〟だとすれば、酒の肴というたとえもうなずけます。五種盛りといった感じで(笑)。

ミヤケ そのあと、夏はシンガポールの「メゾン ド エルメス」が実施するプロジェクト〈HERMÈS ARTIST WINDOWS〝Sense of object〟〉でウィンドウディスプレイを手がけることになっています。また、秋には静岡県の掛川市が主催する〈かけがわ茶エンナーレ〉に参加し、掛川市内にある資生堂アートハウスで展示をする予定です。

——本当に大忙しですね。

ミヤケ ここ数年、いろんなお話をいただいて、ありがたいことに、忙しい状態がずっと続いていて……。ただ、さすがに息切れしそうになっているので、来年はゆっくりしようと思っています。

——ミヤケさんは2007年に銀座メゾンエルメスでも〈雨奇晴好〉と題したウィンドウディスプレイを手がけましたし、2016年には資生堂主催の企画展〈LINK OF LIFE エイジングは未来だ〉にも参加しています。いわゆる〝アート〟だけじゃなくて、企業とのコラボレーションや空間デザインなどの仕事も積極的にこなしています。

ミヤケ それもあって〝アート業界〟ではオフロードを走っている感がありますが(苦笑)。わたしとしては、デザインだろうと、企業が関わるお仕事だろうと、美術館の仕事だろうと、いつも同じ気持ちで取り組んでいます。自分の感じていることを、いまできる最大限のかたちで、悪あがきしながら作っている。その姿勢は、どんな仕事でも変わりません。だから、作り手の立場からすると、細かな区分けをする必然性は、正直よくわかりません。表現に貴賎はないと思いたいです。

——美術作品が自立的/自律的な価値をもつと見なされるようになったのは、たかだか近代以降の話ですよね。アート(美術)とデザイン(応用美術)に分化した結果、アーティストとデザイナーは別々の専門職になったという経緯があるとはいえ、たとえば、じゃあ明治期の鏑木清方や伊東深水のような存在は、はたしてアーティストなのか、それともデザイナーなのか、ということにもなってきます。

ミヤケ そういう意味でいうと、わたしの活動は日本美術の伝統を受け継いでいるはず(笑)。まあ、人生は短いので、他人の言うことを気にしても仕方ありません。それに、自分のやりたいことを、好きなようにやらせてもらっているのはありがたいことだと感じています。

——むしろ、ミヤケさんならではの天衣無縫さは作品にも影響していて、軽やかさや華やかさを醸し出す結果につながっているように思います。

#4 〝日本的〟ではなく〝日本〟

——ミヤケさんの作品は、モチーフにおいても、アプローチにおいても、かなり日本的ですよね。

ミヤケ それ、よく言われるのですが、自分ではわからないです。わたしの内側にあるものを、あたりまえのものとして表現しているだけなので。そもそも〝日本的〟とか〝和風〟とかいう時点で、なんだか違うような気もしていて。だって、いまわたしは日本で暮らしていて、日本で制作をしているわけですから、〝日本的〟というより〝日本〟そのものじゃないのかと。れっきとした日本人なのに〝日本的〟ってどういうことなのよと(笑)。

——ああ、そうか。失礼しました(笑)。たしかに、もともと和風(和様)という言いかたも、古くは唐風(唐様)に対するものですし、明治期になると、こんどは洋風という言葉が登場してくる。〝日本的〟とか〝和風〟という基準は、あくまでも異文化との比較において出てくる概念です。とはいえ、海外からの評価も高いのでは?

ミヤケ 作品を買ってくださるのは、国内の方が圧倒的に多いですね。もちろん、評価してくださる海外の方もいますが、わたしは、そういう人たちも〝日本人〟だと思っています(笑)。つまり、日本文化の文脈をきちんと理解しているという点において。結局、そういうものってパスポートや肌の色に規定される〝人種〟や〝民族〟ではないという気がしています。

——なるほど。たしかに、アメリカ出身の文学者であるドナルド・キーンさんなんて、日本人以上に日本文学に精通していますからね。

ミヤケ むしろキーンさんに日本文学の精髄を切り出してもらうことで、日本の人たちがその真価を理解できた部分もたくさんありますよね。

——文化は本来的に越境していくものですが、ミヤケさんがさまざまな分野を越境できるのは、表現の核となる部分に、日本の生活文化が深く刻み込まれているからかもしれませんね。芯が揺らがないからこそ、自由に移動できる。そういう強さを感じます。

#5 新しい作品集『蝙蝠』について

——ミヤケさんはこれまで『おかえりなさい。』(村越画廊、2005)、『ココではないドコか Forget me not』(芸術新聞社、2008)、『膜迷路 Down the Rabbit Hole』(羽鳥書店、2012)と継続的に作品集を刊行してきましたが、近々、最新のアーティストブックを刊行するそうですね。

ミヤケ タイトルは『蝙蝠 Everybody's Girls is Nobodyʼs Girl』というもので、空間デザインやプロダクトなど、いわゆる〝アート〟以外の仕事もまとめています。これまでと違い、今回はインディペンデントなかたちで出版しましたが、その分、一般の出版社では絶対にできないような造本になりました。大きな2冊がお腹と背中の皮だとしたら、その内側に挟み込まれている4冊は内蔵のようなもので、全体の仕立てとしては、カラーブロックみたいに組み合わさった本になりました。

——うわー、ものすごく凝っていますね! これは製本するのが大変そうだ……。

ミヤケ いまは出版不況ですから、なるべく本は安く、たくさん売るという風向きが強いんですね。実際、発案から2年もかかってしまいましたし、「難産で生まれないかもしれない」と思うことも何度かありました。でも、わたしって本当に諦めの悪いたちで……(苦笑)。いろいろ苦労しましたが、ようやく完成しました。

——特殊な加工技術や精緻な手わざをもった職人さんが、現場にはまだまだ残っているということでもありますね。

ミヤケ 手弁当で手伝ってくれた有志に加え、製本の篠原紙工さんや平和紙業の西谷浩太郎さんなど、多くの方々が力を貸してくださって。本当に助けられました。

——この遊び心あふれる造りそのものが、ミヤケさんの多面性を示しているようにも見えます。文机や箪笥のように、ミヤケさん自身にいくつもの抽斗があって、そのときどきに応じて、こちらを開けてみたり、別のところを開けてみたり、といったイメージで。作品集成であると同時に、豪勢なアートブックにもなっています。

ミヤケ 何度か延期はしたものの、おかげさまで、森岡書店銀座店で刊行記念の展示と販売をしていただくことにもなりました。

——森岡書店銀座店もユニークですよね。コンセプトが「一冊の本を売る書店」というもので、毎回、刺激と発見にあふれた本を紹介しています。ちなみに、お店が入っている鈴木ビルは1929年に建てられたもので、あちこちに日本のモダニズム文化の水脈を感じさせる意匠がちりばめられています。伝統的なものと現代的なものを、巧みに折衷しているという意味では、ミヤケさんの作風とどこか相通じるところもあるような……。

ミヤケ 恐れ入ります(笑)。興味をもたれた方は、ぜひ、会場にいらしてください。私と森岡さんとでお待ちしています。

(2017年1月21日、東京都品川区「T-Art KOBO STUDIO S」にて)


作品集『蝙蝠 Everybody's Girls is Nobody’s Girl』
発行日:2017年3月28日
予価:35,000円(消費税別)

著者:ミヤケマイ
編集:幅允孝(BACH)+山口博之
デザイン協力+組版:日下潤一+赤波江春奈(B GRAPHIX)
発行:株式会社コンポジション
印刷:アポロ社
製本:篠原紙工
協力:平和紙業