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インタビュー02
永戸鉄也+ENZO

即興と衝突から生まれる
ユートピア

取材・撮影 SHIKIMEI
協力 104ギャラリー

永戸鉄也さん、ENZOさん

永戸鉄也さん(写真右)は1970年生まれのアートディレクター/アーティスト。高校卒業後に渡米し、帰国後の1996年から、UAやRADWINPSなど、アーティストのCDジャケットやミュージックビデオのディレクション、広告や映像制作などを手がけてきました。同時に、永戸さん自身もアーティストとして、コラージュ、写真、映像作品を制作し、個展開催やグループ展への参加を続けています。

ENZOさん(写真左)は1972年生まれのセットデコレーター。ミュージックビデオやコマーシャル映像、雑誌や広告などのスチール、店舗や展示会など、さまざまな領域で美術制作を手がけてきました。2013年には中目黒に104ギャラリーをオープン。独自の審美眼で精選した作家を紹介しています。

今回は104ギャラリーと104ギャラリーRで開催された二人展「Paper Show」での取り組みについてうかがいました。

♯1

——永戸さんが、今回、ENZOさんと組んだきっかけは何だったんですか。

永戸 ENZOくんから声をかけられたんです。ギャラリーで展示しませんかって。話があったのは一年くらい前かな。

ENZO 永戸さんとは仕事を通じて仲良くしていたんですよ。最初に会ったのはミュージックビデオの仕事。おれが美術を担当することになって。あれから7、8年くらい経つのかな。2013年にこのギャラリーを始めたんですけど、永戸さんにも何かやってほしいなと考えていました。

永戸 たしか、「104ギャラリー」でコラージュ作品を展示しようって話だったよね。

ENZO ハッキリとしたプランがあったわけではないけど、永戸さんと相談しているうちに、この場所(「104ギャラリーR」のこと)も使ったほうが面白くなりそうだねということになって。

——今回の展示は「104ギャラリー」と「104ギャラリーR」の2か所で開催されています。「104ギャラリー」は一般的な意味でのギャラリーですが、「104ギャラリーR」のほうは、もともとはENZOさんのチームが仕事で使用しているアトリエですよね。

ENZO まあ、そうなんですけど、けっこうフレキシブルに使っています。演劇の公演をしたこともあるし。ある日、いきなり女の子がやってきて「ここで舞台やらせてもらえませんか?」って。

永戸 その子とは、もともと面識あったの?

ENZO 全然ない(笑)。単純にこのスペースに魅力を感じたみたい。向こうもこっちが何の仕事をしているのか知らなかったし。途中から手伝ってあげたりしたけどね。

永戸 やっぱりこの雰囲気がいいんだよ。誰でも惹かれると思う。

ENZO 昼間も通りがかった小学生がのぞき込んだりしているし(笑)。

——最初に「104ギャラリー」の展示を見て、そのあと、この「104ギャラリーR」に足を運ぶと、気持ちが高揚したんですよ。映画で言うと、予告編の後に、本編が始まったような感覚で。世界が一気に広がりました。

永戸 そういうふうに受け取ってもらえるとうれしいですね。

ENZO 会場をふたつにして正解だった(笑)。

♯2

——今回は〝二人展〟というかたちになっています。永戸さんとENZOさんの〝役割分担〟はどういう感じだったんでしょう?

ENZO えっとね、基本的には自由にやってもらったんですけど、おれがときどき永戸さんにネタをふるというか。「こういうことやってみませんか?」って、いろいろアイデアを投げたりして。たとえば、ネコのお面を使って何かやってくれないかな、とか。

永戸 「キノコのオブジェを切断したい」とか、いろいろあったよね(笑)。

——立体物ということも含めて、これまでの永戸さんのコラージュとは、すこし違ったかたちの展開もいくつかありますし、全体の印象としてはけっこうポップです。

永戸 うん。ENZOくんに刺激されて、自分の中からは出てこないような試みもやってます。

ENZO 永戸さんには、たぶん〝ネコのお面〟って発想はないよね(笑)。だから逆に「どんなふうにカッコよく仕上げてくれるんだろう!」という期待感はありましたよ。

——互いに相手の可能性を引き出しているという意味では、ミュージシャンがセッションしているようにも見えるんですよね。今回のコラボレーションを音楽に例えるとしたら……

ENZO うーん、何だろうな。おれは楽器は弾いてないからなあ。あくまでもメインで演奏しているのは永戸さんだし。

永戸 ミュートビートで言うと、まあ、おれが小玉さん(小玉和文)の立場でトランペットを吹いているとすると、ENZOくんはダブ・マスターX(宮崎泉)なんじゃない? サウンドエンジニアとして全体の音響をコントロールする役目。

——なるほど! アルバムだろうとライブだろうと、ミュートビートの音楽にダブ・マスターXの存在は欠かせませんからね。

ENZO 普段の美術制作の仕事でもそうなんだけど、おれの役割は〝環境を整えること〟なんですよ。みんなに楽しんでもらったり、自由に遊んでもらう空間をつくっていくというか。だから、今回も永戸さんが自由にのびのび制作できる場所を提供したという感じかな。

永戸 今回の展示もENZOくんがいたからこそ、こういう見せ方になった。このガレージ全体を使ったコラージュになってるから。

ENZO インスタレーションだよね。

♯3

——今回は「Paper Show」という非常にシンプルなタイトルですが、内容も題名通り、紙たちが繰り広げる〝ショウ〟というか〝サーカス〟になっていますよね。単純に見ていて飽きない。

永戸 そうですね。手法や方向性を変えたわけではないけど、いつもよりエンタテインメント性は意識したかもしれない。コラージュといっても、いろんなやりかたがあるので、それをわかりやすいかたちで見せたりしていますし。

——永戸さんの個展だと、もうちょっとストイックになると思うんです。でも、今回はポップな印象を受ける。ENZOさんとのコラボレーションだからこそ、こういう展開になったんでしょうね。

ENZO さっきも言ったように、永戸さんにはいろんなことを試してもらったから。というか、こっちがどんなボールを投げても、永戸さんは打ち返してきて、それもすごいなと思った(笑)。

——ふたりのコラボレーションも初の試みですが、もうひとつの特徴が、ベルリンの街中に貼られていたポスターを剥がしてきて、それを素材にしたというユニークなアプローチです。

永戸 ポップな印象になったのは、そのことも関係しています。印刷物として色褪せていないものが多いから、全体としてカラフルになっている。ぼくが自分だけで素材を選ぶと、もっと古い印刷物を選ぶだろうし、モノトーン気味になると思います。

——なるほど。たしかにそうですね。ベルリンのポスターはENZOさんが用意したんですよね?

ENZO そうです。ベルリンには仕事で行ったんですけど、空いている時間を使って、町中を歩き回って。剥がしては送り、剥がしては送り……。毎日のように小まめに送り続けて、最終的には総重量が150キロになりました。

永戸 でも、全部は使い切れなかったね。まだ、山のように残っているし。

——それにしても不思議ですね。言ってみれば、ベルリンで集めてきた〝ゴミ〟が、東京で〝アート〟に変化したわけだから。ケミストリーが起こっている。

ENZO いやいや、ゴミじゃないですよ! すべて〝宝物〟ですから!

永戸 だよね(笑)。

——あっ、そうか。失礼しました(笑)。

♯4

——すこしENZOさんのバックグラウンドについてうかがいたいのですが。

ENZO はい、どうぞ。

——セットデコレーターという仕事は、映画やテレビで言うところの美術制作ということですよね。

ENZO そうです。ただ、おれの場合は、ミュージックビデオやCM、ショップとかエキシビションとか、けっこういろんな分野をまたいでいますけど。面白そうなものだったら、何でもやっちゃう。

永戸 最初に言ったように、ぼくとの関係もミュージックビデオの仕事をお願いしたことから始まっていて。

——どうしてセットデコレーターになろうと思ったんですか。

ENZO もともと美術が好きだったんです。好きなことをやって生活していきたいなと思って。それで15歳くらいの頃かな、東宝舞台という舞台美術の会社にもぐりこんで。

——えっ! 10代で? 

ENZO 年齢をごまかして(笑)。東宝舞台には5年近くお世話になったんだけど、基本的な技術も身についたし、20歳の頃に、これからは自分の力でやっていこうと決めて。そのタイミングでスペースシャワーTVが始まった。10年くらい番組制作に関係する美術をやりましたね。

——デコレーションの仕事とは別に、ENZOさんが個人的なモチベーションで〝作品〟をつくることもあるんですか。

ENZO それはないです。繰り返しになるけど、自分の役目は〝環境を整えること〟だから、背景美術や舞台美術の仕事も、今回のエキシビションのように永戸さんの制作を手助けするのも、ある意味、区別していないんですよ。

永戸 ギャラリーもそういうことの延長線上にあるんでしょ?

ENZO そうそう。たまたま良い物件が空いたから、「じゃあ、ここで自分がおもしろいと思える人たちを紹介しようかな」って。タイミングがよかったんだよね。

永戸 ENZOくんの視点がいいなと思うのは、ガチガチの現代美術でもないし、ストリートアートでもないところ。考え方が柔軟で縛られていない。

ENZO やっぱり自由でいたいからね。仕事をするのも、ギャラリーを運営するのも、自分が自由になるためだと思っています。

(2016年12月20日、東京都目黒区「104ギャラリーR」にて)