SHIKIMEI REVIEW
鈴木理策 「Mirror Portrait」
Risaku Suzuki “Mirror Portrait” 2016
© Risaku Suzuki / Courtesy of Taka Ishii Gallery
鈴木理策 「Mirror Portrait」
Risaku Suzuki, “Mirror Portrait“,
installation view at Taka Ishii Gallery, Tokyo, Nov 26 – Dec 24, 2016
Courtesy of Taka Ishii Gallery / Photo: Kenji Takahashi
鈴木理策 「Mirror Portrait」
Risaku Suzuki, “Mirror Portrait“,
installation view at Taka Ishii Gallery, Tokyo, Nov 26 – Dec 24, 2016
Courtesy of Taka Ishii Gallery / Photo: Kenji Takahashi

鈴木理策 「Mirror Portrait」

タカ・イシイギャラリー 東京

ニューヨーク近代美術館(MoMA)で写真部門のキュレーターを務めていたジョン・シャーコフスキーは、1978年に『鏡と窓』と題する展覧会を企画しました。60年代以降のアメリカの写真を、自己=内面を映し出す鏡と、他者=外界を捉えるための窓といった見方で、ふたつに分けたのです。

およそ40年前、シャーコフスキーが投げかけた問いかけは、はたして現在も機能するのでしょうか。実はいま、鏡と窓という魅力的な隠喩を、あえて導入したくなるようなふたつの展示が、偶然、同じ時期に開催されているのです。〝鏡〟の写真家は鈴木理策さん、〝窓〟の写真家はホンマタカシさんです。

鈴木理策さんの新作は、自身初の挑戦となるポートレート作品。肖像は写真史の中でも(あるいは美術史の中でも)重要なテーマであり、これまで多くの写真家が(あるいは画家が)取り組んできました。今回の作品群も、一見、肖像写真の歴史に連なっているようにも思えます。けれども、この〝ミラーポートレート〟と名付けられたシリーズは、すこし風変わりな撮り方をしているのです。

鈴木さんは、被写体と直接対面するのではなく、カメラと被写体との間に半透明の鏡(ハーフミラー)を設置し、写真家やカメラの存在を感じさせないかたちで撮影を行いました。その間、被写体となった人々は、鏡を見つめ、そこに映る自身の姿を眺める時間を過ごしたのです。結果として、これらのポートレートは、レンズが向けられていることをほとんど意識させないまま撮られました。ミラーポートレートとは、撮る/撮られるという関係性を解体しようという試みなのです。

撮影のために、それ自体がカメラのアナロジーになりそうな大型の暗箱を設営しているのも、面白いところです。実際、中に入り込んでみると、犯罪映画に出てくる警察署での面通し場面のようでもあり、いかがわしいピープショーを楽しむ窃視者のような気分にもなってきます(そういえば、ヴィム・ヴェンダース監督の『パリ、テキサス』には、のぞき部屋のマジックミラー越しにナスターシャ・キンスキーを捉えたショットがありました。撮影を手がけたのはロビー・ミューラーです)。

ミラーポートレートシリーズは、写真というメディアが鏡であると同時に窓でもあることを示したと言えるでしょう。この両義性は写真に特徴的なもので、ここでは、撮る/撮られるという関係性が解体されているからこそ、よりいっそう写真の本質が露わになっているのです。

会期  :2016年11月26日(土)−12月24日(土)
開廊時間:11:00−19:00
休廊日 :日・月・祝日
http://www.takaishiigallery.com

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